夜と支配と、その考察
さっき、猛烈に歩きたくなって散歩する事にした。
チェーン店のカフェに寄りテイクアウトして、のろのろ歩いた。
歩くことが好きで学生の時分、終電を逃しては川沿いをなぞるように歩いた。時間は無限と思われる程ある。
街の喧騒が少しだけ遠くて水際は静かだった。
眠らない街を、恐ろしい程の美を讃え人を惹きつけてやまない街を、長く時を刻んで来たのに一瞬たりともそれを止めてくれない街を兎にも角にも歩いた。
常に誰かと歩いていた。自分たちの研究、好きな本、好きな音楽と共に。
私はその人たちを殊に愛していた。
恋人でも友達でもまたは名前をつけられない関係も。
誰もかれも夜を好んだ。自分たちの部屋が近くなれば辿り着かないように遠回りをする。
ひとりになりたくなくて、一緒に歩く連れを部屋に誘い自分のベッドに寝かせた。
連れが眠りに落ち、白んだ空を確認する頃にようやく眠る気になる。
子どもでもなく大人でもない時間が惜しかった。
夜が明ければ大人にならなくてはいけない気配がした。
そういえば、アルクアラウンドの歌詞のようなフワフワフラフラと漂い生きる友だちを好きになった事があった。
叶わなかった憧れと、あの人がコーヒーカップを持つ華奢な指先や煙草をくわえた美しい唇、ビンテージの長いコートが蘇る。
貯蔵した光景を少しずつ引き出しながら生きている。
卑屈になりそうな自分を慰めるかのように。
誰かに語れば途端に陳腐なものになるだろう、それをきっとこの先も手放すことはできない。
誰かに話すこともない。
多くの断片はあの街に置いて来た。
全てを持ち帰るともう戻れない気がして。